例の男たちを撃退したあと、薄暗い通路を走って階段を上がってようやく外に出てから、ぼくは二人に用を足しに行くと言って、1人そこら辺の草むらへと抜け出した。
 周りの路上に人がいないのを確認すると、とりあえず今までこらえていた胃の中にあるものをすべて出してしまう。続けて2,3回ほど吐いたところで、ようやく落ち着きが戻ってきたので、ぼくは大きく深呼吸すると口をしっかりぬぐってリュックの中から魔法瓶を取り出し、冷たい水を音を立てて飲み干す。息をついて、ようやく気分が正常なものに戻ると、魔法瓶をリュックにしまって、てくてくと二人の元へと戻っていった。
「ごめん、遅くなって」
「いや、別にいいよ」ネスは戻ってきたぼくに言う。「そんで、どこまで話したっけ」
「えっと……」
 と言って、ぼくは少し考えて答える。
「……この街はゾンビに占領されていて、君たちはそのゾンビに捕らえられて、あの地下室に閉じ込められていた、みたいな感じのところまで」
 ぼくたちは、スリークの街の真ん中に設置されている巨大なサーカステントの中で一休みしていた。まわりを見渡すと、この街に住むほとんどの大人や子供や老人がこのサーカステントの中に避難しているようだった。
 ちょうど今の時期にサーカスの一座がここスリークにやって来ていたらしく、町の人々がこの非常事態のために、こちらに退避してきたのだという。こんな真っ黄色のド派手なテントなんかに避難していて果たして本当に大丈夫なんだろうか、とぼくは思ったが、ゾンビ評論家(ワケが分からない)の人の話によると、奴らゾンビには考える頭や色彩判別能力が殆ど存在しないので、派手だろうがなんだろうが多くの人数をかくまうことが出来ればどうでもいいらしい。スリーク側としてはまさにもってこいというわけだ。
 しかし、だからこそぼくは声を大にして叫びたい。
「意味がわからねぇ……」
「それは私達も同じなのよ」とポーラは申し訳なさそうに言う。「なんていうか、私たち夢でも見てるんじゃないか、って今でもちょっと思ったり思わなかったり」
 それは、ぼく個人としても激しく同意したいところだ。
「というか、君たちはどうやって捕まったの? いきなり拉致って事はないだろ」
 ぼくの質問に、ポーラは軽く頷く。
「ちょうど私たちがこの街にやってきて、ホテルに泊まろうとしたら、部屋の中に何故か奴らが待ち構えてて、そのまま……」とそこまで言って、ポーラはため息をつく。「まったく。あのとき、ネスが疲れたーなんていうから」
「はぁ!? ちょっと待てよ!」とネスは抗議する。「違うだろ、もともとポーラがシャワー浴びたくなったとか言うから俺もわざわざ相槌打ってやったんだろ! なんだよそれ!」
「そんなこと私言ってないわよ」
「言った!! 神に誓って言った!」
「言ってないってば!」
「言ったよ!」
「言ってない!」
「言った!」
「言ってな…」
「はいはいはいはい、ちょっと落ち着けよ二人とも!」
 ぼくが二人の中に入って、ようやくケンカがおさまる。ネスはそっぽを向き、ポーラはうつむきながらまだ何か言っている。
「まったく、今は争ってる場合なんかじゃないだろ」
「だって、本当に言ったんだもの」
「しつこいなぁ、嘘つくのもいい加減にしろよ」
「しつこいのはそっちでしょ!?」
「なんだよ!?」
「だからー、もう落ち着けってば!!」
 なんだかいさかいが絶えないぞ、この二人。
「よしわかった。それじゃあ、まずはこれからの事を考えよう」とぼくは提案する。「ていうか、ぼくは君たちのこと何にも知らないんだけど。君たちはどうしてこの街に?」
「……」
「どうしてって言われても、なんていうか……」
「なんていうか?」
「せ、世界を救う旅、なんだけど」

 はい?

「ち、違うんだってばジェフ! そんな目やめろって!」ネスはあわてて自己弁護し始める。「これは比喩とかそういうんじゃなくて、ホントにホントの話なんだよ!」
「はぁ、どこらへんがでしょうか」
「……あぁー、もう、んと、一体どこから説明すればいいのやら……」と、ネスは頭を抱え込む。
「最初からお願いします」
「え、あ、まぁそうなんだけどね……」
 そう言って、ネスはひとつづつゆっくりと話し始めた。

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