Chapter 3  生きている死体

 高い天井を見上げると、そこにはスカイウォーカーの不時着陸によって作られた大きな穴が開いていた。そこからは、暗くて沈んだ闇に包まれた空が覗ける。ぼくは天井から今いるその部屋に目線を戻すと、そこにいる二人に向かって言った。
「――それで、ぼくはこれからどうすればいいんだ? 呼んだからには、何か非常事態が発生したと解釈していいんだよね」
「そう! そうなんだよ、すっかり忘れてた!」と赤い帽子の少年、ネスは言った。「まずはとりあえずこの部屋を脱出しないと!」
「脱出?」
 そう言われて、とりあえずぼくはこの部屋をぐるりと見渡してみる。穴を開けたはいいが、結局高い天井には登れそうにない。そして天井から再び目線を外して部屋の中を観察していると、やがていかにも重そうな鉄の扉がぽつんとひとつあるのを発見した。ぼくはそちらの方へ近づいていってドアのノブをガチャガチャとやってみたが、やはり鍵がかかっていた。
「色々試してはみたんだけど、何をやっても壊せないのよ、それ」と、金髪の少女、ポーラも言った。「それで助けを求めたはいいんだけど、どう? 大丈夫?」
「ふぅむ……」
 なるほど、ドアの表面には、肉眼でもはっきり分かるような無数の傷跡があった。これだけやっても壊せないのだから、かなり頑丈に出来ているのだろう。ドアの下の部分には刑務所などによくある「餌やり口」みたいなものが設置してあり、かろうじて食料は配給されていたみたいだ。ドアノブには鍵が付いていて、こちらも迂闊に壊してしまえば、二度と外には出られなくなっていただろう。
「鍵穴があるな、よし」
 ぼくはリュックを降ろしてしばらくごそごそとやったあと、かなり奥底のほうに例の「アレ」があるのを確認して、それを取り出した。それは、先っぽが太い針金になったような、変な歯ブラシによく似た物体だ。
「それ、なに?」とネスが聞いた。
「ちょっとした鍵でも意外と簡単に開けられるマシン」
「……え、ちょっとした、何?」
「『ちょっとカギマシン』でいいよ」
 どこかで聞いたようなやりとりだった。
 ぼくは、その針金の部分を鍵穴にねじ込んで、しばらくグリグリとやってみる。すると、やがて「ガチャン」という音とともに、ドアの鍵が開いた。
「――すげぇ」
「さすがだわ、ジェフ!」
 ふたりは感嘆の声を上げた。
「さぁ、いそいで脱出しましょ」とポーラが言った。「ジェフが降りてきたのに気付いて、やつらがもうすぐそこまで来てるかもしれないわ」
「わかった」
 ぼくは返事をして、ドアを開けて先へ進もうとした。――ん、むしろ「奴ら」って誰だ?
「……あっ、ジェフ前前前!!」
「は?」
 ぼくは、前方のドアの奥の方に視線を向けて、それから凍りついた。
 男、がいた。髪は乱れまくりで服はボロボロ、目は白目を向いていて、肌や唇は、血が通っていないのかと思うくらいに黒ずんでいた。
「……え、あ、その、」
「伏せて!」
「えっ!?」
 驚いて、その声に反応するようにいそいで身体を伏せた。そしてそのまま後ろを振り向くと、なぜかそこにはネスの姿がなかった。
 違う、上だ。
「ぅおりゃああぁああああぁああっ!!」
 その場から3mくらいの大ジャンプで、こちらまで文字通り飛んでやってきたネスは、そのままの勢いで、手に持っていたバットを男の頭に思いっ切り振り下ろした。
「――ぁぁあああぁああ!!」
 バットは、まるでなにか軟らかいものを潰すような音とともに男の頭に食い込み、そのままケーキを切るように突き抜けた。
 ぼくが伏せている目の前に、ネスが音を立てて着地する。
 目の前の男は、文字通り「真っ二つ」になって、分かれた体はそのまま両側に倒れこんだ。
「……うわ、」
 分かれた男の体の断面が、思わず目に入った。
 内臓やら何やらが本来あるべき場所には、そのあるべきものが「抜かれる」か何かして処理されており、そこにはただの空洞だけがあった。そして、その空洞を埋めるようにして存在していた「モノ」たちが、男を割ったとたんに溢れ出してきていた。
 それは、虫。
 蛆やミミズや蝸牛やゴキブリなど、超大量の虫どもが体の中からまるで沸き出るようにうじゃうじゃとそこら辺を動き回っていた。
「……うっ」
 ヤバい、胃が逆流しそうだ。
「な、なんだ、コイツ……?」
「ゾンビだよ」とネスは切羽詰ったようにネスが言う。こいつらが、俺達をここに閉じ込めたんだ」
 ゾンビ?
 ぼくが訳も分からず立ちすくんでいると、後ろのポーラが「また来るわ!」と叫んだ。それを聞くとネスは「このやろぉぉ!」と言いながらさらに向こうへ突進して行き、通路の奥にいた2,3体のゾンビたち(?)を更にバットでなぎ払っていく。その間にポーラが、「今のうちに、早く!」と言ってぼくを急かした。ぼくは促されるままに、ネスのあとに続いて薄暗い通路の先へと走り出した。
 何なんだ? 一体、何がどうなってるんだ?

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