また夢を見ている。
「……ジェフ」
 耳の奥で、母さんの声がした。母さんがなにか言っている。
「強く、強く生きるのよ、ジェフ」
 そう言って、母さんは微笑む。母さんは一体何のことを言っているんだろう?
「何言ってるの? 母さん」とぼくは問いかける。
「今は分からなくていいの、ジェフ」と母さんは穏やかに、そして静かに答える。「いつか分かるときが来るわ。それまで、どうか覚えていて。強く、強く生きるのよ、ジェフ」
 ぼくは母さんに抱かれている。これは一体いつの記憶だろう。抱かれているぼくは、母さんの胸の中で、そっと顔を上げる。
 そして、そのまま凍りつく。
 母さんは、口から血を流している。
 ぼくは慌ててまわりを見る。母さんの胸は赤く染まっている。抱いている母さんの腕も、同じように真っ赤に染まっている。
「母さん!」ぼくは叫ぶ。
 すると、母さんは静かに首を振って、ぼくをぎゅっと抱き寄せる。ぼくは何もできずに、そのまま母さんに抱かれてじっと目を閉じる。



 いつの間に眠ってしまったのだろう。
 うっすらと目を開けると、空の上だった。真下を覗き込むと、地上がはるか真下に望めた。もうとっくに日は沈んでいて、真っ暗な闇がずっと向こうまで続いている。
 腕時計を確認すると午後8時。すごく疲れていたのだなぁ、と思う。
 まぁ何はともあれ、ぼくは出発したのだ――いまだに信じられないけれど。いやまぁ、信じられないといってしまえば、今まであったことがほとんどそうなのだけれど。
 今は、砂漠を横断しているところだった。どうやら海は無事に渡ることが出来たらしい。ぼくは、荷物の入ったリュックをいそいそと持ってきて、地図を中から取り出して広げる。ドコドコ砂漠、とある。隣にあるスリークという町とはもう目と鼻の先だ。反射的に向こうの景色へと目を向ける。緑が広がる山の向こうに、街の灯りが見えた。
 そこで、あっ、と思いついて、再びリュックの中をごそごそとあさる。しばらくして、リュックの中で手ごたえを感じ、がさがさとそれを引っ張り出す。
 それは、銃だ。
 トニーと一緒にロッカーをあさっているときに、内緒でリュックの中に入れたものだ。もちろん本物ではない。ずっと前に外のゴミ捨て場で拾った壊れたエアガンを、寮に持って帰ってから直して改造したやつだ。ぼくはそれを右手に構え、ディスプレイの向こう、スリークに銃口を向ける。安全装置を解除すると、カチャリと銃が鳴った。
「……」
 しばらく構えていたが、あまりに馬鹿馬鹿しくなってやめた。なんでぼくはこんなことやってるんだろう。思わず自分に恥ずかしくなる。頭をボリボリとかく。
 ――でも、ちょっとだけ、勇気は出た。
「まぁ、お守りって感じで」

 ピピピッ。

「ん?」
 うしろの機械類の中のひとつが反応した。と同時に、ディスプレイの中にいきなり照準のようなものが出現して、街のほうに狙いを定める。
 まさか。
「あそこ?」
 スリーク。
 自然に心臓が高鳴り、ごくりとつばを飲む。やっとたどり着いたんだ、とうとうここまでやってきたんだ、と思う。そして、そろそろ着陸の準備でもしようかと、思い切り伸びをする。
 着陸の準備を。
 着陸の準備を。
 ……。
「……あれ?」
 どうやるの?
***
「うわぁああぁぁあああああ!」
 ものすごい破壊音とともに、ぼくは反応のあったスリークの墓場に突撃した。機体の方が壊れるかと思ったら、案外スカイウォーカーのほうは丈夫で、地表のやわらかい墓場の地面が音を立てて崩れた。そしてその次の瞬間、ふわりと体が浮いたと思ったら、そのまま地表のさらに地下に思い切り落下した。
「――ぁぁああああぁあああああぁーっ?!」
 体が振り回される。
 あちこちに連続で頭をぶつけた。
 突然何かに激突したような、急な揺れと衝撃があった。火花が散って、ブツンとスカイウォーカー内の電気がすべて消える。中は一瞬で暗闇に包まれて、それきり音もやんだ。不時着陸が、成功したのだ。
 しばらく沈黙が辺りを包む。真っ暗で何も見えない。げほっ、と咳が出た。煙だらけだ。
「いっててててて……」
 頭がズキズキと痛んだ。ひどく頭を打ちつけたみたいだ。もしかしたらどこか折れてるかもしれない。なんとか身体を起こし、自分の位置を確認する。どうやら、スカイウォーカーは真横に着陸したようで、ちょうど上下左右が90度横に傾いていた。――ということは、出口は横だ。必死でずりずりと機械の上を移動して、突き当たりに辿りつく。
「えっと、確かここをこうすれば……」
 手探りでなんとかハンドルを見つけ、思いっきり回転させる。
 圧縮空気の音とともに、入り口が勢いよく開いた。
「うわっ!?」
 寄りかかっていたせいで、そのまま地面にずり落ちる。また地面で頭を打った。今日はもう踏んだり蹴ったりだ。
「いてててて……」
「うわ、大丈夫?」
 ふと、人の声がした。聞き覚えのない少年の声。
 頭をおさえながら、声のした方を見上げる。赤い帽子をかぶった、ぼくと年齢が同じくらいな感じの少年が、不思議そうな顔をしながらぼくを見下ろしていた。帽子の下は黒い髪で、表情のなかの大きな茶色い瞳がぼくの事を見つめている。金髪で青い瞳のぼくとはえらい違いだ。青と黄色のしましまのシャツを着て、下はひざ下までの青い半ズボンを履いている。背中には黄色いリュックサックを背負い、中からバットが飛び出しているのが見える。
「ジェフ? ジェフなの?」
 少年の後ろから、また声がした。今度のは聞き覚えのある、澄んだ女の子の声だ。赤い帽子の少年もぼくも、そっちの方に目を向ける。
 少女がいた。同じく、ぼくとおんなじくらいの歳の子だ。真っ白い肌に、流れる美しい金髪を肩の当たりまで伸ばして、後頭部のあたりに赤いリボンで結んでまとめている。ピンクの生地に白い襟のワンピースを着て、青い瞳をぼくに向けながらぱちくりと瞬きをしている。
「ジェフでしょう?」
 そうか、この子が。
 ぼくは頷いて、赤い帽子の少年の手を借りつつ、ようやく立ち上がる。
「……ああ、ビックリした。スカイウォーカーのやつ……」ぼくは、芝居がかった感じで独り言を言う。「着陸したのか、墜落したのか? フーッ!」
 そう言ってぼくは笑う。そして、つられるように金髪の少女もくすくすと笑った。赤い帽子の少年は、なんだか分からないような顔をしてそこに突っ立っている。
 ――なんだかうれしかったのだ。遠い昔の親友に久しぶりに会ったような、そんな懐かしい感じがした。でも、本当はそんなことはない。ぼくも、その金髪の少女も、この赤い帽子の少年も、今はじめて会ったのだから。
 でも、それはきっと運命だったのだ。
 ずっと昔から、ぼくたちが会うことは決められていたのだ。ふと、そんな風に思う。
 ぼくはあらためて体をはたくと、それから息を吸う。ずっとこれが言いたかった。これを言うために、ぼくはここまで来た。
「――説明はいらないよ。ぼくはジェフ。きみたちに呼ばれて来たんだ」
 ぼくの演説を、ふたりは何も言わずに聞いている。
 やっと、やっとここまできたんだ。
「力は弱い。目は強度の近視。怖がりで無鉄砲。こんなぼくだけど……、仲間に、入れてくれるかな?」
 やがて金髪の少女が、歩いてぼくの前にやってくる。そっとぼくの手を取り、両手で握りしめる。
「……もちろんよ、ジェフ」
 ぼくは微笑んで、もうひとつの手を添えてそれを握り返す。
「OK、じゃ、さっそく冒険の続きだ! 行こうぜ!」
――第3部へ続く

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