[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
4
森を出るとちょうど夜明けだった。なんだか時間の感覚が曖昧になってきている。浜辺から望める湖の向こうにある山々の間から、うっすらと朝日が差し込もうとしているところだ。しかし辺りはまだ薄暗い。吐き出した息が白くなって、やがて消えていく。どこかで鳥が鳴いている。
強い北風が、音を立ててぼくの顔に吹きつける。ぼくは思わずぎゅっと目を細めた。
「(あっちだよ)」
バルーンモンキーはあごで向こうの方を指すと、ぼくより先にそちらの方へと歩き出す。ぼくもあわててバルーンモンキーの後を追う。
「あ、あのさぁー」
ぼくは呼びかける。バルーンモンキーはぼくの声に反応してこちらを振り向いた。
「(なに?)」
「その、意味が判らないんだけど」
「(なにが)」
「えっ、だ、だから、タッシーって」
バルーンモンキーは、ぼくの問いに『お前の言ってることこそよく判らん』という顔で答えた。
「(べつに、意味もなにもそのまんまじゃないか)」とバルーンモンキーは言う。「(タッシーを呼んで、そいつに運んでもらって湖を横断するんだ)」
「だ、だって、タッシーなんているわけないじゃないか!」
「(……いるんだなぁ、それが)」
バルーンモンキーはニヤニヤと笑う。それでなんだか腹が立った。
そう言っている間にも、ぼくたちは森を離れて、ふたたび湖へと近づいていった。まわりには、昨日と同じように『タッシーウォッチング隊』の人たちが双眼鏡を片手に湖の監視をしていたり、毛布に包まって談笑しながらコーヒーを飲んだりしていた。
また強い風が吹いて、鞭がしなるような音がした。はるか後ろの森がざわざわと揺れている。
「(タッシーが現れるときには、いつも風が吹いてるんだ)」とバルーンモンキーは言う。
「じゃあ、そろそろなの?」
「(おう)」
バルーンモンキーは頷いた。
やがて、ふと気がつくと、ぼくらの周りの音が完全に凪いだ。
背後の林からは物音一つしない。風と木々の音が消えたおかげで、ぼくらの周りは完全に無音になる。ウォッチング隊の人々の談笑もなぜか止み、その静けさが帰って不気味だった。
そして、ふと、
揺れた。
「……う、うわぁっ!!」
地震!?
地面に一瞬立っていられないほどの揺れが続いている。グラグラグラグラ、という擬態語が思わず聞こえてきそうな気がする。ぼくはとりあえず体勢を立て直しながら、バルーンモンキーの方に目をやる。
バルーンモンキーは毅然として立っていた。
「(いま、ガムをくれ)」とバルーンモンキーは言う。「(そしておれに任せるんだ)」
ぼくはあわてて言うとおりにする。ポケットからガムを一枚取り出し、包み紙を急いで取ってバルーンモンキーに差し出す。バルーンモンキーはそれを口に含むと、くちゃくちゃとガムを噛みはじめた。
揺れはまだ収まらない。
「(湖を見ろ)」
ぼくは今いる場所から、湖を凝視する。
湖の底を、何かが泳いでいる。水の中にいてよく見えないが、シルエットだけはおぼろげに見える。それはとても大きくて、どこかで見たことがあるものだった。巨大な胴体に、前足・後足のような大きなヒレ、そしてすらりと長く伸びている首。そう、それはまるで、
恐竜図鑑でしか見たことのない、あの――。
「(くるぞ)」
バルーンモンキーは、噛んでいたガムをぷぅと膨らませはじめる。ガムの風船はどんどん大きくなり、って、あれ、ちょっと、それはでかすぎないですか?
「(コレがおれの特技……PK・フライング)」
ネーミングも意味分からないし。PKってなんだよPKって。
しかし、その次の瞬間、バルーンモンキーはふわりと飛び上がる。ガムの風船をまるで気球のバルーンのように利用して、そのまま、宙に浮いた。
バルーンモンキーの行動に一瞬あっけに取られて、ぼくはそこにへたり込んだ。
揺れはようやく収まってきたのだろうか、回りの音もようやく聞こえるようになってきた。ザザザザザ、という、水の中から何かが出てくる音が聞こえる。
「……」
思わず、ゴクリと息を呑む。
まさか。本当に、いるのか。
「冗談だろ?」
ぼくはまた湖を見る。
湖の底から、ザザザザという効果音と共に、水の中からなにかが顔を出す。
爬虫類系の巨大な頭。とてつもなく長く太い首。ぬらぬらと輝く紫色の鱗。小さくつぶらな目がぼくをゆったりと見下ろしている。思わず目が合って、ぼくは息をするのを忘れた。
「……で、」
デカすぎる。
びっくりしすぎて、うまく声が出なかった。これが恐竜。
フーセンガムで飛び上がったバルーンモンキーは、そのまま空高く舞い上がり、タッシーの頭の上にちょこんと着地する。それからガムを再び口に戻しながら、ひょいとぼくを見下ろした。
「(おい、びっくりしている暇なんてないんじゃなかったのか)」とバルーンモンキーはぼくに呼びかける。
「え?」
「(さっさと乗り込め、行こう)」
「え、あ、うん、」
頷くしかなかった。
BACK
MENU
NEXT