MOTHER'S CHILDREN  7





 ゆっくりと目を覚ますと、僕は冷たいコンクリートの地面の上に寝転がされていた。
 ふと寒さに身震いし、周りの状況を確認するためにひとまず起き上がろうとする。が、うまく身動きが取れなかった。
「……んっ、なんだこれ」
 どうやら、両手と両足がロープか何かでしっかりと縛られているようだ。仕方がなく、ゆっくりと体全体を使って寝返りを打ち、辺りをぐるりと見回す。
 一見したところによると、ここはどうやら廃ビルの一室かなにかのようだった。部屋は学校の教室丸々ひとつ分くらいの大きさで、デスクや椅子はおろか壁紙すら貼られておらず、壁はグレーの鉄筋コンクリートがむき出しになっている。そのせいもあるのか、なにやらとても寒々とした場所だと僕は思った。正面に鉄製のドアがあり、背面には窓があったが、そこには枠もガラスもはめ込まれていなくて、直接外の白い曇り空が見えた。どうりで寒いはずだ。
 ふと見ると、すぐ近くでアナが僕と同じように手足をロープで縛られながら、すやすやと寝息を立てているのを発見した。僕はため息をつき、姿勢をさっきと同じ状態に戻して地面に寝転ぶと、天井に設置されている消えた蛍光灯をぼーっと眺めた。
「(……で、なにがどうなったんだっけ僕)」
 僕の頭に、ようやく思考能力が戻ってくる。
「――そうか、捕まったのか」
 あの時の記憶がふと甦る。
 みぞおちはもう痛まなかったが、体全体が軽い倦怠感に包まれていた。だるい。体が重い。正常に思考が働かない。僕らを捕まえた奴らは一体僕らに何をするつもりなんだろう。って、何のんびりしてるんだよ僕。まだこの部屋に僕ら以外誰もいない今のうちに、早くこの状況を何とかしないと。そうだ、脱走しないと。
「おい、アナ起きろ、アナっ」
「……ん、んんっ……」
 寝ぼけて悶えるアナ。体を自由に動かすことが出来ないので精一杯の大声で呼びかけようとは思うのだが、いかんせん僕たちを捕まえた奴らに声が聞こえてしまうような気がして、複雑な感情が入り混じりつつも、少しビクつきながら普通よりちょっと大きめくらいの声でもう一度呼びかける。
「おいアナ、寝てる場合じゃない、早く目を覚まして」
「ぅん……なぁに……?」
 舌がまだうまく回ってない。と、そんな事をしている間にドアの向こうから足音がする。む、ヤバい。やつらか?
 鉄のドアが、ゴンゴンと2回叩かれる。
「……おい、起きてるんだろ。入るぞ」
 ぶっきらぼうな少年の声がしたかと思うと、軋んだ音を立てながら扉が開いた。
 部屋に入ってきたのは、僕らと同い年くらいの少年だった。グレーの髪(僕と同じだ)を短く刈りそろえ、赤いバンダナをハチマキみたいにして頭に結んでいる。黒いタンクトップの下に白いTシャツという二重構造の上着に、迷彩柄のワークパンツをだぼだぼと着こんでいる。っていうか、こんな寒い時期にTシャツは寒くないのか?とかどうでもいい事を思ってみたりして。
「……」
 少年は僕たちの事を見下ろしながら、黙ってそこに立っていた。
 あ、ていうか、
 アイツじゃ、ないじゃないか。
「……どうしたよ、なんだか拍子抜けって顔だけど」
「え、あ、別に」と僕はあわてて答える。「ていうか、寒くないの?」
「いや、まぁ慣れたし」
 少年はぶっきらぼうにそれだけ言う。くそぅ、会話が続かない。なんだろう、彼、何を考えてるか分からない目をしている気がする。なんか気のせいかボーっとしているというか、パッと見ヒマ人な最近の若者って感じ。
「余計なお世話だ」
「あ、ごめん。つい」
 って、あれ?
 僕、今の言葉口に出して言ったっけ?
「言ってねぇよ」と少年は言う。「いや、俺、誰が何考えてるかって読み取れるんだよね。思考感知っていうか」
 フレンドリーにさらりと言われてしまう。
 驚愕。
「そんなびっくりしなくてもいいだろ。っていうか、そういう相手を予想してたんだろ?」
 いや、まぁそれはそうだけど。
 でもやっぱり、そういう風に実物を見ると、そのたびに冗談みたいに聞こえてしまう。
「そりゃそうだろ。これは俺にとっての現実でしかないし、お前が持ってる現実じゃない……って、んなこたどうでもよくて」と、少年は僕たちに向き直る。「とりあえず『赤い帽子』がお呼びだ。それだけ伝えに来た」
 赤い帽子?
 そうか、例のリーダー。
 彼。
「……んー、ていうか、お前らが何想像してるか分かるから一応忠告しておくけど、違うぜ。普通に」
 ん、何が?
「見りゃ分かる」
 彼はそれだけ言う。いちいち説明するのが面倒なのかな彼。面倒くさがり屋さんなんだね。
「だから余計なお世話だっつの」
 少年は僕と、まだ寝ぼけているアナの下半身の拘束を解き、体を起こして立たせる。こうしてみると、彼の身長は僕よりもちょっとばかし大きいくらいだった。彼は「ついて来い」とそれだけまた言うと、部屋を出て、その先に続く廊下を歩いて行く。僕らもしぶしぶその後に続く。相手がぶらぶらとかなり油断を見せながら歩いているのは、身体を縛ってあるので変な動きが取れないということを分かってるからなんだろう。ちらりと窓から外を覗くと、下の景色がはるか向こうに見えた。どうやら結構な階数らしい。
 ん、そういえば彼の名前を聞いていないなぁ。
「基本的には名乗るなと言われてる」
 でも、それじゃあどう呼べばいいか分からないし。
「……『グレー』」
 なるほど、髪の色。納得する。
「――どういうこと?」
 僕たちの会話の途中で、いきなりアナが口を開いた。
「……PSIが使えない」
「封じてるからな、お前のは」グレーは淡々と言う。「変に身動きが取れないように、だよ。お前らを縛ってるロープとおんなじだ。お前らは俺らに命を握られてるんだ、ってことしっかり頭に入れとけ」
 アナは黙り込む。ていうかマジですか? いやまぁ、しかしなんだかんだで彼の言っている事は正しい。ここは素直に彼、いや『彼ら』のいうことに従うしかないという訳だ。
「そう、諦めが肝心」
 グレーはそこで、僕らに向かって静かに微笑した。ずっと無表情だった彼が、はじめて見せた表情だった。
 僕たちの足音が、鉄筋コンクリートの廊下に響いていた。





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