MOTHER'S CHILDREN  5





 PSI使い。赤い帽子。
 確証もなにも無い、こんな他愛のないただ2つだけの言葉なのに、それが何故か妙に心に引っかかる。偶然だ。まさかそりゃいくらなんでもありえない。別に赤い帽子なんてどこにでも売ってるし誰でもかぶる。超能力使いだってそりゃ何人もいないのかも知れないけど、少なくとも今まで僕が生きた中で2人も確認してるくらいだし、きっと世の中にはもっと多くのPSI使いがいて然るべきのはずなのだ。


 でも、
 でも最近、あいつの噂をあんまり耳にしなくなった気はする。



「……そうね、よく分からないわ」
 受話器の奥から懐かしい声が聞こえる。2年という歳月が作り出した何かが、確かにそこにあった。ギャップというか、壁というか、そんなものが。
「あの戦いが終わってからも、少しは連絡は取り合ってたんだけど……」と、受話器の声、アナは言った。「でも、ここ最近になってからはもうさっぱりで……ごめんね、力になれなくて」
「ううん。いいんだ、気にしないで」
「でも、突然どうしたの?」と、アナは僕に言った。「もしかして、またどこかに行っちゃったの? 彼」
「……うん、まぁね」と僕。「彼の家にも一回電話したんだけど、ここ3ヶ月くらい帰ってないらしくて、連絡もつかないみたいだし」
「3ヶ月も?」
 そう、3ヶ月。
 どっかで聞いたような期間だな、と思う。
『……マザーズ・チルドレンってのは、3ヶ月くらい前からここら辺に現れだした不良集団の名前だよ』
 3ヶ月前。
 突然いなくなった彼。そしてそれと同時に出現した謎の集団。
 おいおい、まさか本気でマジなんじゃないだろうな、という思いを必死で打ち消す。
「……でも、そっか。アナも知らないとなると、これは本格的にどこかにいっちゃってるのかもな、あいつ」
「ねぇロイド、さっきから気になってたんだけど……」と、彼女が不意に尋ねる。「彼に何かあったの?」
「え」
 そう言われて、思わず口ごもる。
 あの時のテディの気持ちが、今ならよくわかるような気がした。テディはマザーズ・チルドレンの噂を聞いた時、すでに彼が行方知れずなことを知っていたんだろう。そして、もしかしたら彼がその『赤い帽子の少年』なんじゃないかということをうすうす思っていたのだ。だから、僕に突然マザーズ・チルドレンの話をされたとき、あんな対応の仕方をした。現に僕もそうなのだ、人間として当然の行動だろう。自分と共に戦った仲間だからこそ、むやみに不安にさせたくはない。そんな思い。
 でも、
 でもそんなのは、すぐに感づかれてしまうことで。
「ほら、やっぱり何かあったんでしょう」
「や、違うよ、そんなんじゃ」
「今から会える?」と、アナはとんでもないことを言う。「私もすぐにテレポートでサンクスギビングに向かうから。駅で待ち合わせしましょう」
「アナ、ちょっと待ッ」
「じゃあね」
 ガチャン。
 ツー、ツー、ツー。
「……」
 仕方なしに受話器を置いて、しかし手はそのまま受話器の上に乗せたままにしながら、考える。
「まぁ、アナに相談した時点で、こうなる事は薄々分かってたけど……」
 何も変わってない。その優しさの中に秘められた強さも。そして僕の弱さも。
「……まぁいっか」
 考えても、仕方の無いことだった。
 僕は玄関の前の廊下に掛かったままにしてあったコートを羽織ると、靴を手早く履いて、外へと飛び出した。



「おーい、アナ!」
 駅前の人ごみの中で、僕はすぐに彼女の姿を見つけることができた。
「……ロイド? 久しぶり!」とアナは笑って言った。
「待った?」
「ううん、ちょうど私もいま来たところ……あれ?」
「えっ?」
 アナは不意に首をかしげ、じぃーっと僕の顔を覗き込む。
 ぼくは思わずたじろいだ。
「え、ぼ、僕の顔に何かついてる?」
「……声、低くなったね」
 しみじみと、呟くようにそう言う。
「え? あぁ……何か、中学入ったら急にさ」とぼくは苦笑した。「やっぱりその、変だよね」
「ううん、そんなことないよ。ちょっとびっくりしたけど」とアナは言いつつ、手で自分の背と僕の背を比べる。「背の高さもずいぶん抜かされちゃったし……。最後に会った時はおんなじくらいだったのに」
「あれ、そっか」
 そうだ、そうなのだ、と思う。
 仮にもあれから、もう2年以上過ぎたのだ。中身はそんなに変わっていなくても、時間だけは確実に過ぎていっている。声も変わるし、背だって伸びる。全てはそういうものなのだ。電話で会話した時に感じたギャップも、多分これと似たようなものなのだろう。同じ時を過ごしていなかった分だけ、『溝』は確実に深くなっていく。
「……男の子っていっつもそうなのよ」そう呟いて、アナはため息をついた。「近くにこーんなか弱い女の子がいたって、まるでこっちの方なんて気にもかけないで、勝手にずかずかと先に歩いていっちゃうのよ。いっつもそう。私はいつも置いてけぼりなの」
「か弱い女の子……」
「なーに?」
「……いえ別に何も」と僕は答える。「姫はまったくその通りだ、と思っただけでございます」
「あら、光栄ですわ」
 そう言ってアナはにっこりと微笑む。
 こうやって冗談を言い合ったのも、本当にしばらくぶりだと思う。



 だけど、
 だからこそ、彼女にだけは、

 話はしたくない、というのは、ワガママなんだろうか。




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