MOTHER'S CHILDREN  4





 病院の廊下の窓から見える空は青く澄みきっていて、葉のすっかり無くなった木の幹が風に揺れていた。かすかに暖かな日差しが差し込んで、廊下の窓際の、わずかな日向を暖めていた。僕は「0507号室」と書かれた札の付いたドアの前の長椅子に腰掛け、重くため息をついた。
 面会謝絶。それが、僕に言い渡されたケビンの現状だった。
 まったく、冗談ではなかった。
 がっくりしながら、仕方なしにそこから立ち上がる。廊下をしばらく歩いて、下の階へのエレベーターを待つあいだ、僕は下を向いて病院のリノリウムの床をじっと見つめていた。
『いいか。お前はこの件に関して、絶対に首を突っ込むんじゃない』
『俺はお前を巻き込ませたくないだけだ』
 冗談では、なかった。
 納得なんて出来るはずなかった。
「(――ケビンは、絶対何かを隠してる)」
 エレベーターの中で、密かにそう確信する。ケビンは「お前も殺されてしまう」と言った。お前も俺のような、いや俺以上の目に合ってしまうから、だからこれ以上首を突っ込むな、と。
 じゃあ何か、自分は親友が傷つけられたのに、それで黙っていろって言うのか? そのままのうのうと生きていくなんて出来るはずがない。いや、やってはいけないことなのだ。それが親友ってものだろう、ケビン?
 エレベーターを出て、そのままロビーを直進して静かに病院を出る。出入り口の自動ドアが開くと同時に急に寒い空気が吹きつけてきて、思わず身震いしてしまう。こんなに空はまっさらに晴れ渡っているのに。だから冬は嫌いだと思う。
 ……と、病院の入り口のところに、何故か見知った顔があった。
「あれ、テディ!?」
「んぁ? ……おぉ」
 テディは、ファーのついたフードのジャケットを着込んで、病院の入り口の前に座り込んでタバコをふかしていた。テディは僕を見つけると、吸っていたタバコを地面に落として靴でジリジリと揉み消した。
 懐かしい声。冬の陽を反射して輝くサングラス。ガッシリとした体。
 あれから2年も経っていたはずなのに、ちっとも何も変わってないみたいだった。
「……どうしたんだよロイド、こんなとこで」と、テディは口を開いた。「なんだ、持病でも持ってたっけか?」
「いや、違うよ、そんなんじゃない」とぼくは笑って言う。「ちょっとお見舞いでさ。友達の。ケビンっていうんだけど」
「ケビン?」
 それを聞いて、一瞬テディは目を丸くした。そのあと腕を組んで、しばらく考えこむようにしてなにか思案していた。
「どうしたの?」
「い、いや……」とテディは口ごもる。「……そのケビンって、0507号室のケビンじゃねぇよな?」
「えっ?」
 まさしくそれだ。
「テディって、ケビンと知り合いだったの?」
「は? あぁ、そうだけど」
 ふたりとも、呆けた顔を互いに眺めあった。
 そして、それからふたりとも、同時に小さく苦笑した。



 ケビンがテディ率いる『ブラックブラッド団』、通称ブラブラ団の縄張りに侵入してきたのは、ちょうど一年ほど前のことだったという。
「最初見た時は、なんだか末恐ろしいやつだと思ったさ。俺が2,3人の仲間と一緒にアジトに戻ってきたら、俺ら以外の仲間連中が全員地面の下に倒れてて、その真ん中に一人だけポツンと得体の知れないガキが血だらけの格好で突っ立ってたんだよ。あの光景といったらもう地獄絵図っていうのか、逆に感動すら覚えたよ」
 ちょうど、僕と出会ったのと同じ頃の話だ。しかも、あとから彼自身に聞いたその理由が『色々あってムシャクシャしてたところにブラブラ団の下っ端が因縁をつけてきて、カッとなった』ということらしかった。日ごろのムカムカの腹いせに、丁度つっかかってきた不良の下っ端どもをこらしめて、その上アジトの場所を吐かせてその地元の不良グループを丸々ひとつ、壊滅状態にさせてしまったのだ。なんというか、スケールが違いすぎると思う。
「もちろん俺は、それからケビンをブラブラ団に入るよう誘った。だが、あいつは断固として首を縦に振らなかった。あいつに言わせればなんでも、『群れるのは嫌い』だそうで」
「彼のモットーだしね」と、ぼくは苦笑しながら頷く。
「あぁ……って、何でお前も知ってるんだ?」
「そりゃ、友達だもの」
 僕は得意げにそう言って、テディは「こりゃ一本取られた」という顔をした。
「……んまぁ、そんなこともあってだな」とテディは続けた。彼はポケットからまたタバコを一本取り出して、口にくわえて火をつける。「そう言われても俺は何とかしてあいつとコネを取ろうとした。そうしたらアイツ、何て言ったと思う?」
 それから一呼吸置いて、テディは口から虚空に煙を吐き出した。
「……『友達になってくれ』だと」
 彼らしい、と思う。
 テディはテーブルの灰皿にトントンと灰を落とし、それからまた口にくわえて煙を吸う。ウェイトレスがやってきてコーヒーのおかわりはどうかと聞いて、ぼくもテディもいらないと答える。僕はすっかり冷めてしまったコーヒーをそっとすすって、ふと窓の外をに目をやる。喫茶店の外の大通りには様々な人々が行き交っており、誰も彼もお互いに目を合わせたりはせずに、淡々と足を進めている。そこには確かに冬の空虚さがある。
「……だからよぉ、」
 テディが、おもむろに口を開く。
「俺も、イマイチ疑問に思ってるんだよ。あいつはそんな、どこの馬の骨とも知れねぇ奴に簡単にやられちまうようなタマじゃねぇ。だから何だかあいつらしくないなとは思う。ドクターの話によると、折られた腕はあからさまに不自然な折れ方をしているらしいし………。こう、例えれば、外側からの力ではなく内側から自然に折れてしまったような……」
 不自然な、折れ方。
 内側からの、ありえない力によって。
 何かが、僕の脳裏を掠めていた。
「……あのさ、テディ」
「ん、何だ?」
「『マザーズ・チルドレン』って、何のことだか知ってる?」


 僕の言葉を聞いた瞬間、テディの顔から一瞬だけ血の気が引いたのを、ぼくは見逃さない。


「……それは一体、どっから」
 テディが、ようやくひねり出したと言うような声で僕に尋ねる。
「ケビンの口から聞いたんだ」と僕は言う。「僕が学校の校庭で倒れているのを見つけた時、僕に言ったんだよ、はっきりと。『これ以上この事件に首を突っ込むな、じゃないと、マザーズ・チルドレンがお前のところにもやってくる』って」
「……」
「ねぇ、もしかして知ってるの? それだったら――」
「ダメだ」
 テディは静かに告げる。
「どうして」
「どうしてもだ」テディは首を振る。「それに、この情報にはまだイマイチ俺には確信が持てないんだ。だからまだ言うことはできない。特にお前には」
「だからどうしてだよ。僕たち、共に戦った仲間でしょ?」
 僕が怒鳴ると、テディは押し黙った。僕はテディの次の言葉を待っていた。
 テディは言葉に詰まり、それから吸いかけのタバコを灰皿にジリジリと押し付けた。それから座っていた椅子に寄りかかってズシリと体重をかけ、誰にも分からないように静かに息を吐いた。
「……マザーズ・チルドレンってのは、ここ3ヶ月くらい前からここら辺に現れだした不良集団の名前だよ」
 テディは重苦しく口を開いた。
『あぁー、そう言えば、どっかの不良グループとかがまたここら辺にのさばり始めたんだってな』
 ケビンのいつかの言葉が、不意に頭によぎる。
「……いや、ありゃ不良集団なんてもんじゃねえな。あいつらの求める事は反抗や自由なんかじゃない、『破壊』だ」
「破壊?」
「そう、破壊」とテディは頷く。「単なる品物ひとつから建物、生物、そして人間。全てのものを壊しつくし焼きつくし潰しつくし千切りつくす。あいつらはどこからどこまで徹底してるんだ。そのほかの詳細は一切不明。超巨大な組織かも知れないし、1人の人間の仕業によるものかも知れない。ただ単純で純粋なる破壊、破壊、破壊。そして、その破壊行為が全て奴らによるものだっていうことしか分からねぇ」
「全て奴らによるもの……って、どうしてそんなこと分かるの? 共通点があるとか?」
「目撃者がいるんだよ」
 感情を抑えた低い声でテディが告げる。
「13、4歳……お前と同じくらいの年の奴が、自分の手をこう、『クイ』と少しひねっただけで、遠くの建造物を軽々と破壊した、ってのを偶然目撃したやつらがいる。それが数人ならまだしも、大勢いるとなるとまた信憑性は変わってくる。これは確実な目撃情報だ。すぐに警察が駆けつけたが、その前にヤツは瞬間移動してその場で消えちまったらしい」
「それって……」
「そう、PSIだ」
 僕の脳裏に、かつての仲間のことが蘇る。
 一緒に笑い、泣き、怒り、そして共に旅をした、仲間。
「……そいつらが、ケビンを、やったってこと?」
「手口も大体共通してる」とテディは頷く。「まるで人がやったとは思えないような、『破壊』の仕方。現にケビンの腕は、なぜだか知らねぇが『内部からの力によって』、自然に折れたってことになってる。それに――さっき言ってなかったが、それ以外にも『体全体の骨が複雑骨折してる』ことが分かってる。その骨折の仕方は、『どこか高いところから急に落下したような』骨折の仕方に酷似しているらしいし。とても人間業とは思えねぇ、まさに超能力だからこそ出来る業だ」
「……どこか高いところから、落下?」
 ありえない。
 だって、ケビンが倒れていた場所は学校の校庭の真ん中だったのだ。近くにはそういった引きずった跡だとか怪しい点もとりあえず見当たらなかったし、じゃあケビンはどうしてあんなところにいたんだろう。そこに一体、どういう意味があるというのだ。
「……そういえばさっきの話、そんなに目撃者がいるんだったら顔くらい判明してるんじゃないの?あと服装とか」
 僕が尋ねると、テディは何故か困ったような表情をする。
「どうしたの?」
「あ、い、いや……、一応、主犯格の人物のだいたいの服装は分かってるんだが、その……」
「『その』、何なの」
 僕が詰問すると、テディは言葉に詰まる。
 いやな予感が、頭をよぎる。
「……フード付きの赤いトレーナーに半ズボンってのが、現れるときの大体の服装らしい。だが、顔はその……、帽子に隠れて、よく見えなかったそうだ」
「帽子?」
 一番考えていなかった可能性。
 いや、うすうす心の奥で感づいていた、一番考えたくなかった可能性。



「……赤い帽子を目深にかぶって、よく見えなかったんだと」




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