口の中が渇いていて、ぼんやりと目を覚ました。体ぜんたいがだるく、寒くて布団から出たくなかったが、時刻がもう10時をまわっていたのと、口の中が渇いていて水が飲みたかったのと、あと小便がしたくなったのとで、むっくりとベッドから体を起こした。口の中の口内炎がまだ治っていなくて、口を不用意にあけようとすると、唇にはりついてぱりぱりになっていた唾液がはがれて、その拍子で口内炎がずきずきと痛んだ。くちびるの裏の左脇のほうにできた割と大きめのやつで、2,3日前にできたのがずっと治らずに続いているのだった。
 リビングに行くと、家族は誰もおらず、暖房もついていなくて、部屋は冷え切っていた。窓の外をときどき、むちがしなるような音を立てて風が鳴って、そのたびに窓が吹き付けられて、がたがたと震えた。キッチンに行ってガスを点け、暖房を入れて、それから冷蔵庫の中からミネラルウォーターの2リットルペットボトルを取り出して、コップに一杯そそいで、飲む。水が口の中に入るたびに口内炎にしみ、そのあまりの痛みにいったん飲むのを中断して、身悶える。よろよろとしながらも、のどの渇きをとりあえず癒すために、下唇の痛みとせめぎ合いつつ、時間をかけてゆっくりと飲み干す。唇をコップに密着させることすらできないので、コップを上に向けると口の下から水がぼたぼたと漏れてきて、パジャマが濡れてしまう。
 水をふき、適当に朝食となるパンをあさって、リビングに戻ってくる。それからパソコンの電源を入れ、起動している間にこたつに潜って、取ってきたパンをもそもそと食べる。口の中の左にものを含むことができない。痛い。とりあえず、チョコスティックパンを一本食べたあたりで朝食をとることを半分あきらめ、ようやく立ち上がったパソコンに今度は向かうことにしようと、こたつから出ようとするのだが、あまりの寒さに、こたつから出ることができない。こたつだって今点けたばかりで、ぜんぜん暖まってもいないのだが。
 こたつに首まで入り込んで寝ころがり、頭上の壁にかかった時計を眺める。10時45分だった。さっきベッドから這い出るときに、ごろごろと何べんか横になったり体を起こしたりをくり返したせいだ。朝は時間がたつのが早すぎる。11時になるころまでには何とか起き上がって、それから出かける支度をしないと。12時前のバスに乗らないと、直前講習の時間に間に合わないのだ。


 結局おきたのは11時を少しまわってからだった。パソコンのディスプレイに向かい、メールチェックを済ませて簡単にスパムとメールマガジンを選り分け、それから適当にネットの巡回をする。ひととおり作業が終わっても、どこか気分がすっきりとしなかった。全体的に頭がしゃきっと働かないのだ。何だかどことなく気分が悪くなってきて、吐き気もしたので、ディスプレイの前から離れ、またこたつの中に入り、横になりながら、きっと口内炎のせいだ、と考えた。きっとそうに違いない。さっきから口の中の鈍痛はずっと続いている。体が重く、予備校に行く気にならない。あともう少しで時間がなくなってしまうというのに、ぜんぜん体を前向きに動かそうという気にならないのだ。
 けっきょく自室からゲームパッドを持ち出し、フリーのアクションゲームをプレイし始め、いいところまで進んだ頃にはもう時計の針は12時をとっくに過ぎ、講義のはじまる12時半になった。裏ダンジョンの血塗られた聖域がクリアできない。どうしてもボスの第1形態のあたりで力尽きてしまう。そのままプレイを続けていると、気がつくともう午後の2時半になっていた。口の中の痛みはひかなかったし、腹も減ったので、キッチンに行き、やかんでお湯を沸かしながらカップヌードルの封を開け、それからリビングに戻ってまたゲームを続行し、やがてやかんが鳴るとキッチンまで走っていって火を止め、お湯を注いで3分待つ間にまたゲームを続け、それからタイマーが鳴ったので、昼飯を食った。口内炎がみしみしと痛み、そのたびに悶絶した。
 携帯をふと覗くとメールが届いていた。「英語は明日休みで明後日12時半から16時半までだってさー」。予備校の友人からだ。そういえばアドレスを交換していたことを思い出した。なんと返して良いか分からなかったので、「ありがとう」、とだけおぼつかない手つきで打って、送信しておいた。よく見ると、1時間前のメールだった。




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